電脳遊戯 第14話 |
ギラギラと獣のような瞳を細めて、よく知っているはずの男が見下ろしていた。 誰よりもよく知っているはずなのに、まるで初めて見る他人に見え、身が竦むほどの恐ろしさを感じた。この手から逃れなければ。そう思うのだが、手も足も動かなかった。 男の手が、まるでスローモーションのようにゆっくりと皇帝服に手をかけていく。 のしかかる身体を押し返そうとしている自分の手が滑稽なほど震えていて、ああ、俺は怖いのだなと妙に冷静に考えていた。神根島で銃を向け合った時よりも、皇帝に売られた時よりも、ずっと怖い。それはきっとこの男が俺のよく知る男を模した偽物だからだろう。本人ではと思うほどそっくりなのに、その中身は1と0の配列で作られたプログラム。現実と非現実が混ざった存在はまるで不気味の谷のようで、嫌悪感が胸の内から湧き出してくる。 皆の叫ぶ声が聞こえるが、鳥肌が立つほど気色の悪いこの手を払いのけることさえ出来ず、その瞳から目を逸らすことも出来ず、かつての友によく似た不気味な存在が自分の命を奪おうとしている姿を見ていることしか出来なかった。 蛇に睨まれた蛙とは、こういう状況なのだろうな。と、傍観者の俺が自嘲していた。 間近に迫った死を感じながら、ああ、ゼロ・レクイエムは始める前に失敗か、このイレギュラーが。と、目の前の男に心のなかで悪態をつく。 その時、一陣の風が吹き抜けた。 のしかかっていた重みが突如消え、視界が開ける。 何が起きたのか判らず、何度かまばたきをした時見えたのはよく知った顔。 先程までのしかかってきていた男と同じ顔が、心配そうにこちらを見下ろしながら跪き、顔を覗き込んできた。 「よかった、間にあった」 そう言って安堵したように笑ったのは、ナイトオブゼロ枢木スザク。 何が起きたんだとルルーシュが辺りを見回すと、通路の向こうで起き上がる人影が見えた。それは先ほどまで自分に覆いかぶさっていたセブン。 ここに辿り着いたスザクが、ルルーシュを襲っていたセブンを蹴り飛ばしていたのだ。壁がへこむほどの蹴りを受けながらも、セブンは平然と立ち上がり、ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくるのだが、スザクは視線すら向けなかった。 スザクは珍しく息を切らしていて、額から流れ落ちる汗もそのままに、翡翠の瞳を不安げに歪めながら、動けずにいるルルーシュの体の状態を調べていた。 ナイトオブゼロになってから、いや、ナイトオブセブンになってからのスザクから感じていた殺意や敵意はそこにはなく、ここにいるのは敵となる前の親友だった頃のスザクだった。 「大丈夫?立てる?」 ルルーシュの状態を一通り確認したスザクは、特に大きな問題はないと安堵の息を吐いた後、心配そうに尋ねてきた。 「・・・あ、ああ・・・っ・・・」 まだ呆けた頭でそう返事をし、どうにか立とうと体に力を込めるのだが、体を起こそうとしてもまったく力が入らなかった。 それを見てスザクはくすりと笑った後、もういいよと制止をかけた。 「うん、やっぱり駄目みたいだね。あのゴミムシ片付けたら僕が運ぶから、君はもう無理はしないで」 にっこり笑顔でそう言った後、スザクは汗で張り付いていたルルーシュの乱れた前髪を梳いた。そして、ルルーシュを軽々と抱きかかえると、壁を背にする形で座らせた。 「少し待ってて?すぐ終わるから。ああ、寝ててもいいよ?」 いつになく優しい声音と笑顔に、ルルーシュは頷くことしかできなかった。 ゼロと知られてから見る事も聞く事など無かったその姿。 ルルーシュの肌蹴けた胸元を軽く直したスザクは笑顔のまま立ち上がると、ようやくセブンと向き合った。先程まで乱れていた呼吸は既に落ち着き、額を流れていた汗もおさまっている。冷静さを取り戻したスザクは、すっと目を細め、自分そっくりのセブンを見つめた。セブンはあまりにも自分に似すぎていて、虫酸が走るほど気味が悪い。 「全く、悪趣味だよね。こんなゴミムシに僕の姿させるとか。ルルーシュが変なトラウマ持ったらどうするんだよ」 『随分な自信だな。お前に対してはとうの昔にトラウマを山ほど抱えているだろう、そいつは』 「え?なんで?」 C.C.のその言葉に、心当たりは無いというようにスザクは言った。 『・・・いい性格しているなお前』 解ってて言ってるだろ、絶対。 そう言いながらもC.C.の声には安堵が混じっていた。 たとえどれほど強力なプログラムであっても、あのルルーシュの計画を壊し続けた元祖イレギュラーであるスザクが相手では勝ち目はないだろう。スザク自身は気づいていないだろうが、ルルーシュを守る剣として立つスザクは、専任騎士であった頃よりも、ナイトオブセブンであった時よりも遥かに強い。そして今は明らかにルルーシュへ向けていた敵意が消えている。この状態のスザクがルルーシュを守るのだから、不安要素などあるはずもない。 「こういう性格じゃなきゃルルーシュの友達なんてやってられないだろ」 『それもそうか』 「そうだよ。で、見た限りルルーシュは無事そうだけど・・・無事、なんだよね?」 乱れていたのは上だけだし、まだ何もされてないよね? 『見ての通りだな。しかしお前、どうやってそこに?』 そう言えばさっきからいなかったな。 『そうだ、枢木卿!どうやって行ったのだ!』 ジェレミアもこちらに来たいのだろう。 まあ、それは無理だと解っているから、教えるけど。 「来る方法なんて一つだけですよ?スタート地点からだったからホント慌てましたけど、ルルーシュが通った後はそのまま扉が開いてて助かりました」 白い無限回廊も、壁に黒い穴がぽっかりと空いていた。一歩でも床を歩いたらあの出口は消える。そう直感で感じたスザクは、その場でジャンプし、壁を蹴りながら進むと穴の中へ飛び込んだ。 それ以外の謎も全て扉が開いた状態だったため、難なくここまで走ってこれたのだ。 『スザク君、もしかして君、あの貴族のギアスでそこに行ったのかな?』 「もちろんですよ」 スザクは”セブンが最後にルルーシュの姿を確認した後、3時間発見できなかった場合行動の制限が取れる”事、そして”セブンの殺害方法”を聞き、大急ぎで地下に設置されている特別懲罰房に駆けこんだ。 そこには拘束意を着、椅子に縛られ片目を塞がれた男。 スザクはギアス兵を部屋から出し、男と二人きりになると、その右目を覆っていた眼帯を外した。そして、この世界にやってきた。 ジェレミアは自分も!と部屋を出ようとしたが、C.C.に、いやお前はキャンセラーの効果でギアス効かないだろう。と突っ込まれていた。 『その手は私も考えていたが、ギアスの効かない私とジェレミアは論外だし、セシルとロイドでは不安要素が増えるだけだと、その案は捨てたが・・・』 そういえば、この体力馬鹿がいたんだったな。 「僕の存在忘れてたって言いたいのかな」 ホント性格悪いよね。 攻撃を仕掛けてきたセブンの蹴りを難なくかわし、軽くあしらいながらぼやく。 『それよりも枢木。お前、どうしてセブンの頃の衣装なんだ?』 「は?セブンの?」 思わずスザクは自分の恰好を確かめた。 その隙にセブンが攻撃を仕掛けてきたが、スザクは余裕でかわした後蹴り飛ばした。 激しい音を立てて、セブンは壁にたたきつけられた。 「変なこと言わないでよ。僕はちゃんとナイトオブゼロの衣装・・・じゃない騎士服を着ているよ」 ある意味舞台衣装だからつい衣装と言ってしまったが、部外者がいる以上それは拙いとスザクは訂正した。 『つまり、実際と違う映像が見えているのか?こちらの画面ではセブンの衣装をまとった枢木スザクが二人、戦っているようにしか見えない』 だから見た目で見分ける事が出来ない。 幸い実力差がありすぎてスザクが軽くあしらっているため、判別は出来ているのだが。 「そう言われてもなぁ。ああ、でも、その画面だとルルーシュ綺麗な皇帝服だったけど、結構ボロボロだよ?白だから汚れ、目立つよね」 ルルーシュの皇帝服は泥や土で薄汚れ、その背中は草の汁でも汚れていた。 草原で寝ていたのだから当然の汚れなのだが、それらも画面越しでは見えなかった。 「それに怪我もしてる」 既に渇いた血の痕もいたるところにあり、皇帝服も破れている箇所があった。白い肌に痣もできていた。このエリアにいる間だけでもかなり動き回っているし、即死トラップだけではなくセブンに捕まりかけた事も何度もあるから、何処かでぶつけたり、引っかけたり、実際に攻撃が当たった事で怪我ぐらいしていてもおかしくなかった。 だが、画面で見るルルーシュは綺麗な純白の皇帝服を纏っていて、そんな事にさえ気付けなかった。 顔色も悪く、疲れきっている様子さえ画面では解らない。 『おそらく、ですが、自分たちはあの貴族に枢木卿とルルーシュ陛下のデータと画像を渡され、できるだけリアルに作るよう言われていました。お二人の記録映像も使用して作った物が画面には映っているのだと思います』 スザクに関してはセブンの情報でしか作っていない。だから割り込んできたナイトオブゼロの衣装には対応できないのだ。 それと同じように、疲労や怪我、衣服の汚れなどもプログラムしていないため、画面には反映されない。おそらく、ルルーシュは自分の姿が画面に反映されていない事に気が付いている。だから常に何事もないような声音で大丈夫だ、何も問題ないと言っていたのだ。綺麗な衣装を纏うルルーシュにそう言われれば、信じてしまう。 ・・・嘘ばかり。やっぱり君は、嘘つきだ。 スザクはスッと目を細めた後、セブンを見た。 さて、ここから出たら確認しなきゃいけないことがたくさん出来た。 画像は実際のものとは違い、事前に用意されたプログラムが画面上に反映されるということは、僕がルルーシュを襲う設定がされている以上、そう言う画像も用意してあるってことだよね?だから服を脱がす所も画面から見えてたわけでしょ?何を見て作ったのかなぁ?ルルーシュは肌を露出しない服ばかり着ているから、そういうデータって手にはいらないよね?想像で?機密情報局のデータとか、流れてたりしないよね?風呂もトイレも記録されてたからなぁ。全部ルルーシュが削除し、皇帝となってからはここにあるデータも消したらしいけど、その前に手に入れてる、なんて事無いよね? まあ、どれぐらいリアルな映像なのか、確認はしなきゃね。 やっぱり本物と見比べる必要、あるかな? ・・・うん、急ごう。 「で、このゴミムシ、消していいのかな?」 殺したことで出られなくなるって事、無いよね? 攻撃態勢を取り警戒するセブンを睨みながら、スザクは尋ねた。 『枢木卿、そのセブンは倒せないよう設定されているので、倒すのは無理です』 プログラマーの一人がそう告げた。 「倒せない?」 『体力ゲージは無限に設定していますし、怪我も数秒で治癒されます』 「めんどくさいなぁ。じゃあ、動けないようにすればいいかな」 まるで不老不死、だよね。 そういうと、スザクは真っ黒い笑みをその顔に浮かべ、セブンへと近づいた。 |